「百貨店は苦しい」と書くのは簡単です。けれど、その一行を書くたびに私が思い出すのは、駆け出しのころ先輩に言われた一言です——景気の話は、主語が大きくなるほど嘘に近づく。

そこでこの記事では、主語を小さくしていきます。誰の、いつの、何の数字なのか。制度は誰が何を禁じているのか。会社は自分の言葉で何を目指すと書いているのか。使うのは、この記事を書いた日(2026年9月5日)に私が実際に開いた一次資料だけです。出典は末尾にすべて並べました。

先に、書かないことを断っておきます。ご依頼のあった「世界的にも百貨店は不振」という点について、私は海外の百貨店の一次資料に一つも当たっていません。ですからこの記事では海外に触れません。また、三越伊勢丹ホールディングスの業績数値も書きません。同社のIR資料の一覧が外部サービス経由で描画される仕組みになっていて、この環境からは資料本体に到達できなかったためです。「資料が無い」のではなく「私の取得手段が足りない」——その区別だけは残しておきます。

1. まず、数字のほうを先に

日本百貨店協会が毎月出している「全国百貨店売上高概況」の、2026年7月分を開きます。売上高総額は4,889億円余、前年同月比5.1%増(店舗数調整後)。7か月連続で前年を上回っています。「店舗数調整後」というのは、閉店・開店による増減をならして、残っている店どうしで比べた数字のことです。

ここまでなら、景気のいい話に見えます。ところが同じ月の、同じ協会の資料には、こうも書いてあります(調査対象と店舗面積は概況のPDF、従業員数は同月の「第5表 従業員数および店舗面積等」)。

  • 調査対象百貨店 68社172店(前年同月比 −2社−6店)
  • 総店舗面積 4,332,105㎡(前年同月比 −3.3%)
  • 従業員数 45,595人(同 −3.9%)

増えているのは売上で、減っているのは床と人です。どれも同じ団体が、同じ月について出している数字です。売上の伸びを「回復」と読むか、床と人の減りを「縮小」と読むかで、まったく違う記事が書けてしまう——「百貨店は苦しい」という一行が、なぜ書き手によってこれほど揺れるのか。答えの半分はここにあります。

商品別を見ると、もう少し形が見えてきます。同月、主力の衣料品は1,188億円余(構成比24.3%・前年同月比3.9%増)。いっぽう身のまわり品は831億円余(同17.0%・10.1%増)、美術・宝飾・貴金属は575億円余(同11.8%・16.7%増)で、こちらは12か月連続のプラスです。免税売上(インバウンド)は506億円で25.5%増、売上全体の10.4%を占めました。

服も伸びています。ただ、伸び方が違う。百貨店の売上をいま押し上げているのは、時計と宝飾とラグジュアリーのバッグと、海外から来たお客さんです。

2. 服が主役だった時代の大きさを、いちど見ておく

もう少し長い時間で見ます。経済産業省の商業動態統計には、1980年からの「百貨店 販売額」の年次系列があります。これを開くと、こうなっています。

  • 1991年 総額 12兆851億円余 / うち衣料品 6兆557億円余(総額のおよそ半分)
  • 2025年 総額 6兆2,124億円余 / うち衣料品 2兆6,786億円余(同 4割強)

この比較には条件が付きます。同じ統計の注記に「以下の時点に数値の不連続が生じている」とあり、1991年7月・1994年7月・2010年7月・2013年7月・2015年7月・2020年3月の6回、調査範囲や調査対象の見直しが入っています。つまり1991年と2025年を厳密に引き算することはできません。また名目値なので、物価の変化も含んでいます。ここでは「桁の見当」としてだけ使います。

もう一つ。この統計の「衣料品」には、紳士服・洋品/婦人・子供服・洋品/その他の衣料品に加えて「身の回り品」(バッグや靴など)が含まれます。日本百貨店協会の分類(衣料品と身のまわり品を分ける)とは切り方が違うので、24.3%と43.1%を並べても意味がありません。

その「衣料品」の中身を割ると、面白いことになります。同じ系列の1991年と2025年で、

  • 紳士服・洋品 1兆2,697億円余 → 3,157億円余(約4分の1)
  • 婦人・子供服・洋品 3兆543億円余 → 1兆2,592億円余(4割ほど)
  • 身の回り品 1兆540億円余 → 1兆187億円余(ほぼ横ばい)

総額そのものは同じ期間に約半分になっていますから、身の回り品は全体が半分になるあいだ、ほとんど減らなかったことになります。減ったのは「衣料品」ではなく、「服」のほうだった——この系列からは、そう読めます。

服をつくる人にとって、これはかなり重い数字だと思います。百貨店という装置は、いまも動いています。ただし、その装置が主に運んでいるものが、いつのまにか替わっている。

3. 「百貨店」と言うとき、それはほぼ東京と大阪の話になっている

2026年7月、東京地区(12社22店)の売上は1,488億円余で9.0%増。全国売上に占める東京の構成比は30.5%でした。22の店で、全国の3割です。

そして地区別。10都市は6.5%増、10都市以外の7地区は0.3%増。地区ごとに見ると、東北はマイナス5.3%(12か月連続マイナス)、中部マイナス5.5%、四国マイナス3.5%、九州マイナス2.0%。同じ月に、同じ業界の中で、これだけ違う天気が同時に吹いています。

もう一つ、店の数のほうから見ます。日本百貨店協会が公開している会員百貨店リストは、2026年9月1日時点で全国70社160店舗。地区別の内訳はこうです。

  • 関東 23社59店舗/近畿 8社39店舗(この2地区で98店=全体の6割強)
  • 中国四国 12社20店舗/九州 11社19店舗
  • 東北 8社9店舗/中部 6社9店舗/北海道 2社5店舗

東北6県ぜんぶで9店、北海道で5店です。私はこのリストを機械的に検索してみました。山形県・徳島県・島根県に所在する店舗は、1件も載っていません(郵便番号でも確認しました)。ただしこれは「その県に百貨店が1軒もない」という意味ではありません。協会に加盟していない店の有無までは、私は確かめていません。

この夏、協会のトップページにはこんなお知らせが出ていました。秋田県大仙市の株式会社タカヤナギが発行した「全国百貨店共通商品券」について、2026年9月1日以降は取扱店舗で使えなくなり、同日から12月31日まで、資金決済に関する法律に基づく払戻しが行われる、と。この告知だけからは閉店や廃業は読み取れませんし、同社は9月1日付の会員リストにまだ載っています。それでも、全国どこの百貨店でも使える商品券——という百貨店らしい仕組みから、地方の一社が抜けていく手続きが、いま実際に進行しているのは確かです。

この地理のことを、会社の側はどう書いているか。J.フロント リテイリング(大丸松坂屋百貨店・PARCO)の中期経営計画のページには、「エリア」シナジーの重点エリアとして札幌・東京・名古屋・京都・大阪・神戸・福岡の7つが明記されています。批判ではなく、そう書いてある、という話です。地方の百貨店の未来は、大手の中期計画の中には——少なくともこの7つの名前の中には——書かれていません。

4. ここからが裏側です。告示の「ただし書き」を読む

ここからは、若いつくり手にいちばん近い話をします。百貨店とブランドのあいだの取引条件には、公的なルールがあります。しかも、そのルールの文章は無料で全文が読めます。

公正取引委員会は1954年(昭和二十九年)に「百貨店業における特定の不公正な取引方法」という告示を定めていました。運用基準はこれを「旧告示」と呼び、2005年(平成十七年)11月1日をもって廃止されるものとして扱っています。代わりに同年5月13日に指定されたのが「大規模小売業者による納入業者との取引における特定の不公正な取引方法」が指定されます。運用基準(平成17年6月29日 事務総長通達第9号、その後2回改正)は、廃止の理由をこう書いています——旧告示は百貨店・スーパーを対象としていたが、ホームセンター、専門量販店、ドラッグストア、コンビニ本部、通信販売など業態が多様化し、「必ずしも流通の実態にそぐわなくなっている」。

つまり「百貨店」という名前のついた取引ルールは、20年前になくなっています。いまの相手は「大規模小売業者」です。一般消費者が日常使う商品の小売業を行う者で、前年度の総売上高100億円以上、または一定以上の店舗面積の店舗を持つ者です。百貨店だけの話ではなくなった——ルールの名前が変わったこと自体が、この業界の位置の変化を記録しています。

返品は、原則として禁じられている

運用基準の第2の1は、大規模小売業者が納入業者に商品を返品することを「原則として禁止する」と明言します。例外は4つだけ。①納入業者の責めに帰すべき事由がある場合、②購入にあたって合意で返品条件を定め、その条件に従う場合、③あらかじめ同意を得て、返品によって通常生ずべき損失を大規模小売業者が負担する場合、④納入業者から申出があり、処分が納入業者の直接の利益になる場合。

そして、不当な返品に当たる例として、こんな行為が名指しで並んでいます(それぞれ例外に当たる場合を除く、という但し書き付きです)。

  • 「月末又は期末の在庫調整のために返品すること」
  • 「セール終了後に売れ残ったことを理由に返品すること」
  • 「大規模小売業者の独自の判断に基づく店舗又は売場の改装や棚替えを理由に返品すること」
  • 「展示に用いたために汚損した商品を返品すること」

ここに書かれているのは、禁止事項の一覧であると同時に、それが実際に起きてきたことの一覧でもあります。これは私の勝手な読みではありません。同じ運用基準の「はじめに」には、旧告示に規定のない不当な協賛金の負担要請などが「納入業者から強く指摘されている」こと、公正取引委員会自身の実態調査でも「前記と同様の問題がみられる」ことが書かれています。

在庫のリスクを誰が持つかと、手数料率は連動する

そしてこの記事でいちばんお伝えしたいのが、第2の3「不当な委託販売取引」の一節です。長くなりますが、そのまま引きます。

買取仕入れにおいては商品の売れ残りリスク等を大規模小売業者が負うことを考慮すると、買取仕入れから委託仕入れに変更した場合、通常の取引条件の交渉であれば、その委託手数料は従来の買取仕入れにおける粗利に比べると相当程度低くなるにもかかわらず、委託手数料を従来の買取仕入れにおける粗利と同じとするような取引条件を設定するような場合

買取仕入れ(小売が在庫を買い取る)から委託仕入れ(在庫のリスクはブランドが持ったまま、売れた分だけ精算する)へ条件が変わるなら、手数料率は下がるのが筋だ——と、公正取引委員会が公式の文書に書いているわけです。同じ料率のまま委託に切り替えるのは、この運用基準では不当な委託販売取引の例として挙げられています。

百貨店との取引を初めて持ちかけられたとき、条件表に並ぶ数字が高いのか安いのか、誰にも聞けないまま判子を押すことになりがちです。その判断の物差しが、少なくとも一本、公的な文章として存在している。これを知っているかどうかは、交渉の場では小さくない差になるはずです。

派遣店員と、中元・歳暮

同じ運用基準の第2の7は、大規模小売業者が自分の業務のために納入業者に従業員を派遣させて使うこと、自分が雇う従業員の人件費を納入業者に負担させることを、これも原則禁止としています。例外は2つ。あらかじめ同意を得てその納入業者の商品の販売業務だけに従事させる場合と、派遣の条件を事前に合意し、派遣に通常必要な費用を大規模小売業者が負担する場合です。

第2の6「押し付け販売等」には、こんな例が挙がっています。「仕入担当者等の仕入取引に影響を及ぼし得る者が購入を要請すること(例えば、仕入担当者から納入業者に対し、自社で販売する中元商品、歳暮商品の購入を要請すること。)」。

——「仕入担当者等の仕入取引に影響を及ぼし得る者」。バイヤーという職業が、この国の公的な文書の中でどういう位置に置かれているかが、この一行によく出ていると読めます。力があるから、名指しされている。

5. では、そのバイヤーはいま何と呼ばれているのか

先に断ります。私は今回、現役のバイヤーに取材していません。ここに書くのは、会社が公開している文書に出てくる言葉から読み取れることだけです。

大丸松坂屋百貨店の新卒採用サイトで、社員インタビューの肩書きを拾ってみます。そこにあるのは「本社 営業本部 MDコンテンツ開発第1部 ファッション&ライフスタイル担当」、そして「本社 DX推進部デジタル事業開発 明日見世キュレーション担当」。J.フロント リテイリングの中期経営計画は、グループの強みを「商業プロデュース能力や目利き力」と表現し、「これまで培ってきた目利き力や調達力、また地域やお取引先、クリエイターとのネットワークを融合し」自社コンテンツを開発すると書いています。

仕入れる人、から、編集する人へ。少なくとも会社が対外的に使う語彙は、そちらへ移っています。もちろん語彙が変われば実務が変わるわけではありません。ただ、若いブランドの側から見たとき、扱いを決めるカウンターパートが「仕入担当」なのか「コンテンツ開発」なのかで、持っていくべき資料の中身は変わるはずです。数字だけ持っていけばいい相手ではなくなっている、とは言えそうです。

6. いま、小さなブランドが百貨店に入る入口はどこか

その具体例が、大丸松坂屋百貨店が2021年に大丸東京店で始めた「明日見世(あすみせ)」です。同社の採用サイトが、立ち上げメンバーの言葉としてこう書いています。

日本全国に様々な百貨店がありますが、どこも同じようなブランドが入っていて、どの店に行っても金太郎飴のように同じ表情だなぁ、という印象です。新しい価値や多様な選択肢をお客さまに届けられないか。良いものをつくる小さなブランドも百貨店から紹介できないか。

百貨店の中の人が、自社の採用サイトで、業界の均質さをこう言い切っている。私はこの一節をかなり重く受け取りました。

明日見世は「ショールーミング型店舗」で、店頭は「買う場所」ではなく「出会う場所」、購入はオンラインで行います。同社の説明によると、仕組みはこうです。

  • 出店料はブランドの規模に応じて3プラン。「従来の百貨店出店料に比べて少額のプラン」も選べる(金額は公開されていません)。
  • 専属スタッフを置いているので、ブランドから販売員を派遣する必要がない。同社は「出店費」「人件費」の負担を軽減した、と説明しています。
  • 店頭のスタッフは「アンバサダー」と呼ばれ、「販売員ではなくブランドストーリーの語り手」。売上予算を持たない。
  • 店頭カメラの映像から立ち寄り客の人数・年齢・性別をAIで解析した定量データと、アンバサダーが会話から拾った定性的な声(「うっとりする肌触り」「もう少し小さなサイズだったら」)を掛け合わせて、出店ブランドにフィードバックする。

ここで、4節に戻ります。「ブランドから販売員を派遣してもらう必要がありません」——この一文が解いているのは、まさに公正取引委員会の運用基準第2の7が原則禁止として扱っている、あの派遣店員の慣行そのものです。禁じられているグレーゾーンを避けるのではなく、そこを使わなくても回る仕組みとして設計し直した、と読めます。この二つの資料を並べたのは私であって、どちらの資料もそう述べているわけではありませんが、並べてみる価値はあると思います。

そしてもう一点。売上予算を持たないスタッフと、AI解析つきのフィードバック。ここで小さなブランドが受け取っている本当の対価は、売上ではなくデータのほうかもしれません。3か月ごとに入れ替わり、「発信してきたブランドは100以上」——ただしこの数字は、同ページ末尾の但し書きから判断すると2023年8月時点の記述です。

7. 西武は、いまも芸術に力を入れているのか

ご質問への答えから先に書きます。形を変えて、続いています。

まず記録のほうから。公開されている記録(二次資料です)によると、西武百貨店の美術展は1961年のパウル・クレー展に始まり、1963年のドイツ表現派展、1966年のアンリ・ルソー展へと発展しました。1973年に文化事業部が新設され、1975年、池袋店の増築にあわせて最上階の1フロアを充てた「西武美術館」が開館します。当時の堤清二の宣言は、「時代精神の根拠地」でした。1989年に別館へ移って「セゾン美術館」と改称、1992年に西友の管轄へ移り、1999年に閉館。跡地には、北欧家具・雑貨のイルムスを経て、いまは無印良品が入っています。

では現在です。(株)そごう・西武は「SEIBU SOGO ART & CULTURE」という特設サイトを持っていて、そこにはこうあります——「西武・そごうは、創業当時から多くのお客様の暮しの中の文化への希求に深くかかわってきました」。その中の「アートミーツライフ」という枠の説明文が、これです。

西武渋谷店のオルタナティブスペースと美術画廊を拠点にクリエーティブな刺激を与える現代アートの企画展示、時代精神あふれるアーティストを発掘。

1975年の「時代精神の根拠地」と、2026年の「時代精神あふれるアーティストを発掘」。同じ語が、美術館が閉じてから四半世紀たっても、まだ残っています。これも私が二つの資料を並べただけの読みですが、企業が半世紀にわたって同じ言葉を手放さないというのは、それ自体が一つの事実だと思います。

並んでいる企画も、ファッションの側から見て無関係ではありません。美術画廊の枠には「Noritaka Tatehana meets SEIBU SHIBUYA『舘鼻則孝 展』」があり、催事の枠には「CFD設立40周年記念アーカイブ展 NOW AND THEN」があります。後者は2025年12月25日まで、西武渋谷店A館2階のイベントスペースで開かれたもので、あわせてCFD加盟の新しい4ブランド(Annaj/MARIKO/zutto matsurika/READ_ME)のポップアップストアが12月5日から25日まで行われました。80〜90年代のアーカイブ(THEN)と、いまのエマージング・ブランド(NOW)を同じ床に置くという構成です。

この展覧会には、地味ですが見逃せない一行が付いています。アーカイブを提供したのは、古着チェーンのRAGTAGでした。ISSEY MIYAKE、COMME des GARCONS、Yohji Yamamoto——日本のモードを世界に押し出した服を、百貨店が展示するために、古着屋から借りている。それがいまの、アーカイブの所在地です。

いっぽう、本丸の西武池袋本店。公式の「グランドリニューアルオープン」ページには、こう書かれています。3階コスメティックスフロア、1階フレグランスゾーン(メゾンフレグランス10ブランド)、地下1・2階の食品フロア〈デパチカ〉(約180ショップ)、お弁当を主役にした〈BENTOステーション〉。そして2026年、プレステージブランドとジュエリー&ウオッチフロアが順次開き「まもなく完成をむかえます」。

この案内文に、婦人服も紳士服も出てきません。案内文がすべてではありませんが、店が自分の刷新を語るときに何を先頭に置くかは、選択です。同じページのフロアインフォメーションには「※7・8階は改装中のためクローズしております」「※地下1階〜5階の各階に、ヨドバシカメラへの連絡口がございます」とも書かれています。

ちなみに2026年9月5日時点で、西武・そごうの店舗一覧に並ぶのは西武6店(池袋本店・渋谷店・所沢S.C.・東戸塚S.C.・福井店・秋田店)とそごう4店(横浜店・千葉店・広島店・大宮店)の計10店です。

8. 伊勢丹は「絶対王者」なのか

冒頭で断ったとおり、業績数値は書けません。代わりに、協会の統計と、店が公開しているフロアガイドで見ます。

2026年7月、東京地区22店で全国の30.5%、前年同月比9.0%増。この東京という塊の強さは、統計の側からはっきり見えます。

そして伊勢丹新宿店本館のフロアガイドを開くと、売場の名前がこうなっています。2階に「TOKYOクローゼット」「アーバンクローゼット」「イセタン ザ・スペース」。3階に「インターナショナルデザイナーズ」「インターナショナルクリエーターズ」「コンテンポラリー」「トラストスタイル」「リ・スタイル」。6階に「美術」「アートギャラリー」「催物場」。

並んでいるのは、服の種類ではありません。編集の単位です。「婦人服売場」ではなく「リ・スタイル」であり「ザ・スペース」である、という命名そのものが、この店が何を売っていると考えているかを示しているように読めます。

そのイセタン ザ・スペースの公式説明は、こうです——「3less(Timeless/Genderless/Categoryless)をキーワードに、世界の人々を熱狂させる独自の世界観と革新性を携えたスタイルの先駆者たちと、時代に流されない本質的なクリエイションを発信するために生まれた実験的ポップアップスペース」。2026年9月上旬、この場所で告知されていたのは「NICK KNIGHT - ROSES FOR TOKYO」(9月2日〜15日)でした。同じ時期に店内では「VISVIM HARMONIOUS PROCESS」と、フェンディの2026-27秋冬コレクションのポップアップも告知されています。

西武渋谷店の美術画廊と、伊勢丹新宿店の2階。呼び名も系譜もまったく違いますが、どちらも「服を並べる床の一部を、服以外の何かに明け渡している」という点では同じ形をしています。

9. ユニクロにどう対抗するのか——たぶん、しない

数字を並べる前に、比較の作法を先に書いておきます。ファーストリテイリングの売上収益はIFRSベースで、世界全体、8月期決算です。日本百貨店協会の百貨店売上高は国内のみ、暦年、しかも消費税を含みません。範囲も期間も税の扱いも違うので、同じ表に並べてはいけません。以下はあくまで「桁の見当」です。

ファーストリテイリングは2026年7月9日発表の第3四半期決算サマリーで、2026年8月期通期の業績予想を売上収益3兆9,700億円(前期比16.7%増)、事業利益7,100億円に増額修正しました。うち国内ユニクロ事業の9か月累計が8,676億円、海外ユニクロ事業が1兆8,340億円です。

いっぽうJ.フロント リテイリングが2024-2026年の中期経営計画で掲げる最終年度(2026年度)の目標は、連結事業利益560億円、連結ROE8.0%以上。ここで大事なのは金額の差ではなく、同社が誰を客と定義しているかのほうです。同計画にはこう書かれています。

消費の多様化が進み、求める商品やサービスは画一的でなくなった今、当社は、高質・高揚消費層(自身のこだわりや価値観を満たす、高質で心が高揚する消費や体験を嗜好する全ての生活者)に、3つの共創価値を提供し続ける「価値共創リテーラーグループ」への進化をはかります。

目を引くのは「高揚」という言葉です。価格でも品質でもなく、気分を基準に客を定義している。同じ土俵で価格と品質を競う気は、この文章からは読み取れません。「ユニクロにどう対抗するのか」という問いへの、業界の側の答えは、たぶん「対抗しない。客の定義を書き換える」なのだろうと読めます。

ただし、勝っている側にも撤退はあります。同じファーストリテイリングの決算資料には、グローバルブランド事業のコントワー・デ・コトニエ/プリンセス タム・タムについて、不採算店舗を中心に集約を進めた結果、5月末時点の店舗数が前年同期の144店舗から77店舗へとほぼ半減したと書かれています。畳む判断が速いことと、伸びていることは、同じ会社の中で両立します。

10. デザイナーの側は、この40年で何をしてきたか

最後に、つくり手の団体のほうを見ます。一般社団法人 東京ファッションデザイナー協議会(CFD TOKYO)は1985年7月、三宅一生を代表幹事に、川久保玲・松田光弘・森英恵・山本寛斎・山本耀司を含む6人を発起人として発足しました。ロゴをデザインしたのは田中一光です——そう、セゾン美術館の展覧会ポスターのトータルデザインを当初手がけたのと、同じ人です。80年代の東京では、百貨店の文化事業とデザイナーの団体が、同じ人の手を通っていた。

西武渋谷店の展示解説によれば、1986年春夏コレクションにはオンオフ含めて52ブランドが参加し、参加デザイナーは32名。その名簿には、菊池武夫、コシノジュンコ、コシノヒロコ、津森千里、鳥居ユキ、中野裕通、細川伸——いま聞いてもブランド名として通じる名前が並びます。

そして現在。同じ解説文にはこうあります。「CFD TOKYOの役割は、当時の東京コレクションをオーガナイズする団体から、日本におけるファッションデザイナーの育成と支援を中心的な課題と位置付け、サポートする組織へと生まれ変わりました」。2025年12月時点の記載で正会員90人。そして活動は6つの部会に分かれています——物作り、人材育成、営業、海外販路開拓、AI、ウェルネス。

2026年度の役員体制を見ると、名誉会長はコシノヒロコ、代表理事・議長/海外販路開拓部会長はファッションジャーナリストの久保雅裕、AI部会長は上田徹(Authentic AI)、人材育成部会長はナカアキラ(AKIRANAKA)、物作り部会長は宮浦晋哉(糸編)、ウェルネス部会長は高田祐子(TAGE)。

コレクションを束ねる団体だったところが、いまは営業と、海外販路と、AIと、健康の部会を持っている。40年でデザイナーが直面する課題が何に変わったかは、この6つの部会名がいちばん正直に語っていると思います。

まとめ——この記事で確かめたこと、確かめていないこと

もう一度、主語を小さくしてまとめます。

  • 2026年7月の百貨店売上は前年同月比5.1%増。同じ月の同じ協会の集計で、売場面積は3.3%減、従業員は3.9%減。売上は戻り、床と人は戻っていない。
  • 商業動態統計の系列(不連続あり・名目値)では、1991年から2025年にかけて紳士服は約4分の1、婦人・子供服は4割ほどになった一方、身の回り品はほぼ横ばい。減ったのは「服」だった。
  • 2026年7月、東京22店で全国の30.5%。協会の会員リストは70社160店で、関東と近畿で6割強。「百貨店」という言葉が指す場所は、かなり狭くなっている。
  • 取引の公的ルールから「百貨店」の名前は20年前に消え、いまは「大規模小売業者」のルールになっている。返品は原則禁止。委託に切り替えるなら手数料は下がるのが筋、と公取委が書いている。
  • 西武の文化事業は美術館という形では1999年に終わり、いまは渋谷店の美術画廊とオルタナティブスペースという形で続いている。「時代精神」という語だけが、半世紀を越えて残っている。
  • 小さなブランドの入口は、売場ではなくショールーミング型の枠として設計され直しつつある。そこで受け取るものは、売上よりデータかもしれない。

確かめていないことも、もう一度書いておきます。海外の百貨店の状況、三越伊勢丹の業績、そごうの店舗数の推移、現役バイヤーの実務。いずれも一次資料に到達していないので、この記事には書きませんでした。

最後に、明日から自分で開ける資料を3つだけ置いておきます。日本百貨店協会の月次PDF(毎月25日ごろ更新・無料)、経済産業省 商業動態統計の時系列データ(1980年からのExcel・無料)、公正取引委員会の運用基準(全文HTML・無料)。この3つは、業界紙を読むより先に開く価値があります。誰かの解釈を経由せずに、自分の業界の形が見えるからです。

参考資料(この記事で実際に開いたもの・2026年9月5日取得)

数値・会期・店舗構成はいずれも2026年9月5日時点で公開されていた資料に基づきます。統計は改定されることがあり、催事の会期や売場の構成は変わります。実際の取引条件のご判断にあたっては、必ず原典と専門家にあたってください。この記事は制度の解説であって、個別の助言ではありません。